(6) 伊藤貞:建築の歴史・文化・芸術性を追い求めて~建築家編⑤~

かわらばん2021年9月号

建築家・伊藤 貞は、地元の大野中学校を卒業後、横浜高等工業学校建築学科(現・横浜国立大学)に進学し、中村順平からボザール流古典主義教育を受け、建築家としての基礎を築いた。卒業後は渡辺節建築事務所に就職して、終戦後に帰郷し、建設省を経て、アルス建築事務所に次ぐ事務所を設立し復興事業に貢献した。また乾 馨の急逝後、伊藤が県建築士会3代目会長に就任した。伊藤の建築作品は、越前大野城(1968)や福井市文化会館(1968)、大野市葬斎場(1971)、善導寺・納骨堂(1974)など多岐に渡るが、その制作態度は建築の芸術・文化性を尊重する、言わば古典の継承であり、伝統様式を近代のRC造表現へ繋げる独自のスタイルで創造する。また、大野市民族資料館(旧裁判所)などの修復・移築にも取り組み、歴史的建造物保存の先駆的役割を果たし、今日の大野のまちづくりへ繋がって行く。この様な伊藤の下で品川二三男や川瀬雄志、木村慶一が学び、その後の福井建築界を先導した。そこで建築の歴史・文化・芸術性を軽視しがちな現代から、改めて伊藤の姿勢に着目する必要がある。(朝日)

伊藤 貞のことば
我々の祖先が風土や伝統に根差し懸命に築き上げた美しい建物も近代化の波にのり次第に失われつつある。今後の町造りは過去のこうした優れた建物の良さを充分学びとり、素朴で粘り強い大野人の香りを感ずるような、しかも美しい盆地の町にふさわしい大野独特の優れた建物を造り出さなければならない。
論説:町並保存と故郷の町『奥越史料』第12号(1983年)

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